北四番丁通信

 

 「北四番丁通信」とは、仙台教会で日曜日ごとに発行している「週報」の巻頭言です。牧師および複数の教会員が執筆を担当しています。

 当教会は1955年に仙台市の北四番丁沿い・旧奥州街道近くに設立されましたが、「北四番丁」という地名は、400年以上も前に城下町が造られた当初からの由緒ある地名で、江戸時代は武家屋敷が連なっていた地域でした。歴史の流れと共に街並みも住む人々もどんどん変わっていきますが、いつの世においても変わることのない真理の言葉を、仙台教会に許されている時間の中で、たゆむことなく宣べ伝えていきたいと私たちは願っています。

 

「想像しよう!」

2021年8月1日 宇都宮毅(牧師)

 

 現代を生きる私たちは、多くのものを所有することによって、想像力が貧弱になってはいないでしょうか。私が小さい頃、遊ぶものが何もないときは、友だちと永遠に続くのかと思うほどの時間の中で、どんなことをしたら楽しいのか、遊ぶことを真剣に想像し、面白いことを友だちと作り出そうとしていました。もしかしたら、この想像力の欠如が、現代の多くの問題をより大きなものにしてしまっているのかもしれません。なぜなら、想像力の欠如は、他者への共感性を奪 い、他者が同じ時代を生きていることを考えなくさせているように思うからです。  2018年3月、天に召された日本バプテスト連盟の教役者だった藤澤一清(かずきよ)氏の遺稿集 『にもかかわらず、教会を信じる』(藤澤鈴子編)にこのような文章があります。「そのころ評論家の小田実さんが、ベトナム民衆の傷と血、悲しみと苦しみを想像できるか、と問うた。想像力とは、二つの事柄を結びつける力のことだ、と小田さんは言う。これを聞いて、主イエス・キ リストの十字架の痛み・苦しみ・悲しみのことを連想した。私たちが、主の十字架を我がためと信じるのは、まさに想像力の問題ではないのか、と思うようになった。そして聖書が説く『愛』 とは、二つのもの、つまり神と人と、また人と人とを結びつける想像力なのだ、と考えるように なった。・・・聖書のメッセージに触れ、祈るという私たちの行為は、私たちの想像力を豊かにするための訓練ではないのか、と思う。」  

 この世の和解には、私たちの想像力が必要とされています。他者への共感、そこには痛み、苦しみ、悲しみが伴います。想像力から生まれる共感性は、他者と自分をつなげます。そしてそのつながりは、神と私たちのつながりでもあるのです。神は、想像力によって、つながることができるように、人を創造されたのだと思います。8月は、多くの命を奪い、奪われた悲しみと痛み の月です。その歴史を過去のこととせず、今の事柄、私の事柄として、想像力を働かせたいと思 います。

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