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日本バプテスト仙台基督教会
仙台|キリスト教会|地下鉄南北線北四番丁駅北2出口隣
プロテスタント|日本バプテスト連盟加盟|幼稚園併設
Japan Baptist Sendai Church of Christ
北四番丁通信
「北四番丁通信」とは、仙台教会で日曜日ごとに発行している「週報」の巻頭言です。牧師および複数の教会員が執筆を担当しています。
当教会は1955年に仙台市の北四番丁沿い・旧奥州街道近くに設立されましたが、「北四番丁」という地名は、400年以上も前に城下町が造られた当初からの由緒ある地名で、江戸時代は武家屋敷が連なっていた地域でした。
歴史の流れと共に町並みも住む人々もどんどん変わっていきますが、いつの世においても変わることのない真理の言葉を、仙台教会に許されている時間の中で、たゆむことなく宣べ伝えていきたいと私たちは願っています。
コンヤモ、サンポ、シマショウカ?
2026年3月29日 藤田宏紀(教会員)
勤務先が春休みに入り、散歩に出かける機会が増えました。朝ドラ「ばけばけ」のヘブン先生も「ケンコウ、ダイジ。サンポ、イキマショウ」と言いますから、目的もなくてくてく歩きます。すると自動車で通っていた時には気付かなかった発見をすることがあります。「こんなところに小さなお店を出している人がいるんだ」とか、「いつの間にかつくしがニョキニョキおがって(成長して)きたなあ」とか。
マルコによる福音書に「種を蒔く人」のたとえが記されています(4:1-9)。すぐ後に、「種
を蒔く人」のたとえの説明(4:13-20)がありますので、これがたとえの「唯一正しい解釈」だろうと思ってしまいます。つまり、「種=神の言葉」「種の落ちた場所=言葉を聞いた人たちの(心の)状態」。それを聞いて弟子たちわたしたちは、「自分の心の状態はどうだろう」と自己反省をします。焦点は「種の落ちた場所」にあります。
ところが、たとえだけをとりだしてみると、どうも焦点は「種を蒔く人」の方にあるようです。そうすると、違った光景が浮かんできます。イエスが、農民の多かった聴衆に向かって、呼びかけます。「そりゃあ、一粒や二粒は、うまくいかないこともあるさ。でも他のたくさんの種は、三十倍、六十倍、うまくいけば百倍にもなるんだから、安心して、思い切って種を蒔こう!」そんな励ましの言葉に聞こえてきます。
では、「種を蒔く」とはどういうことなのでしょう? 神の言葉を蒔く? あるいは誰かのことを心配して、思い切って一歩踏み出すこと(2:3-4)でしょうか?
聖書の中を、「コンヤモ、サンポ、シマショウカ?」


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