
日本バプテスト仙台基督教会
若者から老人まで喜び集う街のオアシス
Japan Baptist Sendai Church of Christ
北四番丁通信
「北四番丁通信」とは、仙台教会で日曜日ごとに発行している「週報」の巻頭言です。牧師および複数の教会員が執筆を担当しています。
当教会は1955年に仙台市の北四番丁沿い・旧奥州街道近くに設立されましたが、「北四番丁」という地名は、400年以上も前に城下町が造られた当初からの由緒ある地名で、江戸時代は武家屋敷が連なっていた地域でした。
歴史の流れと共に町並みも住む人々もどんどん変わっていきますが、いつの世においても変わることのない真理の言葉を、仙台教会に許されている時間の中で、たゆむことなく宣べ伝えていきたいと私たちは願っています。
アドベントを生きる
2025年12月14日 小林孝男(教会員)
天野五郎牧師時代からの約60年間分の週報をPDF化しました。そのデータを皆様に提供する旨を6月に週報でご案内しましたが、残念ながら興味を示されたのは極々少数の方だけでした。負け惜しみで言えば、「何十年か後このデータには万馬券的な価値が出るのになあ」といったところでしょうか。
さて、天野牧師時代の週報を読み返すと、時代を感じさせられるものが色々とあります。その一つは教会での結婚式の多さです。年に2、3回あるのは当時普通のことで、時には礼拝前と礼拝後にダブルヘッダーで行われたことも複数回ありました。挙式が一番多かった年は1972年で実に9回です。司式は天野牧師、奏楽は文子夫人でしたが、お二人の働きだけでは式は成り立ちません。講壇の左右に木製の大きなキャンドルスタンドを準備する者、バージンロードを用意する者、式にふさわしい生花をいける者、スリッパを並べ参列者を迎える者、会堂内で座席の案内をする者など多くの奉仕者が必要で、中堅の教会員や若者たちが、それらの奉仕に嬉々として関わっていました。
その時代から半世紀を経た現在、教会が今後関わることが多くなるのは結婚式ではなく葬儀です。コロナ時代を経て家族葬が一般的になりましたので、教会員が多く関わりながら会堂で葬儀を行う機会はあまり多くはならないはずです。しかし、ひとりの人が天に召されるという厳粛な出来事を前に、牧師や執事が最前線でご遺族への牧会的な対応を迫られる機会は確実に増えてきます。私たち教会員はどのような形でその働きを支える奉仕ができるでしょうか。いずれにせよ特に葬儀関連の事柄に関しては、牧師も執事も他の教会員も、「小さなこころ配りを大切に主のご用に当たる姿勢」が肝要です。意図しなくとも配慮を欠いた対応ひとつで、ご遺族の心を傷つけ不信感を抱かせてしまうことが容易に起こり得るからです。
アドベント第3週目を迎えました。私たちの救いのため自らの命を献げるためにお生まれになられた主を思いつつ、他者に対してのこころ配りの在り方を御子に学び、口先で正論を説くだけではなく、身近なところで主から示された生き方を具体的な形で実際に生きることこそが、アドベントにふさわしい「時」の過ごし方です。そのことを強く思わされています。


