北四番丁通信

 

「北四番丁通信」とは、仙台教会で日曜日ごとに発行している「週報」の巻頭言です。牧師および複数の教会員が執筆を担当しています。

当教会は1955年に仙台市の北四番丁沿い・旧奥州街道近くに設立されましたが、「北四番丁」という地名は、400年以上も前に城下町が造られた当初からの由緒ある地名で、江戸時代は武家屋敷が連なっていた地域でした。

歴史の流れと共に町並みも住む人々もどんどん変わっていきますが、いつの世においても変わることのない真理の言葉を、仙台教会に許されている時間の中で、たゆむことなく宣べ伝えていきたいと私たちは願っています。

「人の死を意味づけるな」

2022年8月7日 宇都宮毅(牧師)

 9月27日、政府は安倍晋三元首相の国葬を閣議決定しました。首相経験者の国葬は吉田茂元首相以来、55年ぶりで戦後2例目だということです。国家が一個人の死に特別な意味付けをすることの 危なさを感じます。そして国葬は全額国負担、つまり私たちの税金で行われます。  岸田首相が国葬にした価値判断は次の4つです。まず、安倍元首相が憲政史上最長となる8年8カ月にわたって首相の重責を担ったこと。2つ目は東日本大震災からの復興や日本経済の再生、外交などで功績を残したこと。3つ目は国際社会から高い評価を得ていること。4つ目は突然の蛮行による逝去で、国内外から哀悼・追悼の意が寄せられていること。個人の死がその人がどう生きた かという評価によって、国葬になるのかならないのかが判断されます。人が生きている間の評価とはどの視点で語られるのでしょうか。政府がその判断をするということであるなら、国益に叶ったかどうかになるでしょう。あの靖国神社は国のために戦死した人たちを祀る神社として存在して います。その線引きは国のために戦い死んだかどうかということです。そのため空襲などで亡く なった市民は祀られていません。何のためにどう死んだのかが軍神になるかどうかの判断基準と されたのです。  

 そもそも個人の生き様、死に様を国が判断すること自体が問題です。私たちは国に良い評価をもらうために死んだり、生きたりするわけではありません。そんなことをしてもらわなくても、 この世界の一人ひとりの命が尊い存在なのです。  

 安倍元首相の国葬を行うことで何がなされるでしょう。それは安倍元首相の賛美となるので しょう。しかし葬儀とは遺族等の慰めを祈るために行われるものです。個人の生き様の評価を表すために、葬儀を利用してはなりません。神に創造された命を私たち人間が順位をつけるような ことを決して行ってはならないのです。

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